(ジュード・ピリスプッレ、OMI)2017年叙階記念日を迎えて、歩んできた25年を記念して霊的に自分を深めるという意味で聖地の巡礼を考えました。聖地を訪れることは私の一つの夢でした。それを今回実現出来て感謝します。
神学校の時は聖書の世界を勉強しましたが、それはどのようなものか、どのような場所かよく知らないまま、聖書だけに限られていました。
この巡礼は2018年に準備しましたが引っ越しのため実現出来なくなり、それは今年実現しました。
今回私も含め、この巡礼には全国から28名が参加しました。ほとんどの人は私と一緒で初旅で、素晴らしい経験を体験しました。巡礼から帰ってきたらどうですかという質問に、素晴らしい、楽しかった、すごかったなどの答えでしたがもっと深く、一言で言えば、今回の旅は霊的な旅で聖地の歴史を知り、自分を新しく変身させ、これからの人生を送るためにした旅だったと思います。
今回の巡礼はイスラエルの北の方から始まり、有名な場所ガリラヤ、カファルナウム、エリコ、死海、ベエルシェバ、ナザレ、エルサレム、ベツレヘム、エマオなどを訪問しました。この全てのところで聖書を読んで、時間をかけてその場所は、その朗読がどのように自分に響くか祈りをしながら黙想していました。ある有名なところではミサを捧げる機会もありました。あるとき夕方は時間があったとき、あまり疲れていないとき等、グループで分かち合いも出来ました。最初は自己紹介とともにどこから来たか、どのようなものか、ひとり一人をもっと深く知るための分かち合いでした。今回はビックリするぐらい、全国から人が集まり東京、名古屋、関西また福岡から出発して韓国インチョン経由でテルアビブに行きました。
2回目の分かち合いでペトロのことを深め、彼はどれほど石のようにしっかりしていたか、イエス様を知らないと3回言えるぐらいに弱いものだったか深めました。このテーマの元で私たちひとり一人に響いたところを分かち合いました。
3回目の時は, 今回の巡礼とともに 「お土産として自分のところへ、自分の人生のために何を持って行くことが出来るか分かち合いました。分かち合いをするときにはある人が感動の涙を流しながら話していました。その意味は今回の巡礼は皆の心に様々な形で響いたに違いない。
聖書中で出てくる話はどこから来たか、その歴史はなにか、またその話は自分にとって話されたか、というインパクトをひとり一人に起こしたに違いないです。
この期間で、自分のためにも時間をとることが出来、自分の人生、司祭としての歩みを深めてよいゆるしの秘跡を受けることが出来ました。その時にとてもよい神父様に巡り会い、アドバイスを通して、一人の宣教師として祈りを捧げ、宣べ伝えることを通して使徒宣教を行い、悔い改めのために十字架につけられたイエスに従うことをしてくれました。
この経験したことを他の人と分かち合うとともにこれからの聖書の読む意味、説明する意味が変わり、神をもっと賛美することが出来ると思います。司祭の道を25年間歩んできたことを感謝しながらよい四旬節を迎えるためのいい巡礼だったと思います。この巡礼のために助けてくださった、支えてくださった、祈ってくださった皆に感謝します。
最後に聖地の巡礼は、人生、少なくても一回はするべきだと感じます。
ジュード・ピリスプッレ、OMI