ブラッドリー ロザイロ、OMI ー 昨年、私はサバティカルで日本を離れました。その間、聖母マリアと共に旅をしていると感じました。この記事では、私が幾つかのマリア出現の場所を訪問しながら感じたことを分かち合いたいと思います。
「ルルドの聖母」は、スリランカにある私の故郷の小教区につけられた称号で、そこに洞窟があります。自然の美しさに囲まれた洞窟は、子供の頃から私の精神的成長にとって重要な場所でした。私は10代の頃は洞窟でミサやロザリオ、ノヴェナなどに参加するだけでなく、家に水道がなかったので教会の井戸で入浴した後、父と一緒に毎晩祈りに行っていました。今では、休暇で帰省するたびに懐かしさのあまり洞窟を訪れ、祈りながら自分の過去を回想することがあります。今日に至るまで多くの巡礼者を魅了し続ける洞窟は私の心の中で特別な場所を占めています。一年間のサバティカルの初めに、私は聖母の祝福を受けるために洞窟を訪れました。その祝福は、マリア様の継続的なケアと保護を保証してくれたように思います。
「ルルドの聖母」
「ルルドの聖母」
2024年1月初旬、私は米国のテキサス州でサバティカルの第一段階を開始しました。スピリチュアル・リニューアル(霊的刷新)プログラムの4ヶ月間、私はサン アントニオのマリア洞窟の隣に住めたことは幸せでした。穏やかな環境にある洞窟を毎日訪れると、私はリラックスし、精神をリフレッシュすることができました。洞窟の前で行われるミサやロザリオ、癒しの典礼などに大勢の人が集まり、私はその中の一人になれたことを嬉しく思いました。マリア像の前に立ち会い、聖母と静かな一時を過ごすことはいつも喜びでした。
スリランカには、「グアダルーペの聖母」に捧げられた教会があり、私は少年の頃その教会で何回かミサに預かったことがあります。それ以来、「グアダルーペ」という名前はずっと私の中にありましたが、将来、メキシコにある有名なマリア出現のグアダルーペを訪ねることを夢にも思っていませんでした。アメリカでの4カ月間のプログラムを終えた私は、メキシコ・シティで働いているオブレート委員の訪問に行きました。そして、グアダルーペに足を運びました。この地のテペヤックの丘に聖母マリアが出現したのは、1531年12月9日のことだった。先住民のフアン・ディエゴという男性の前に現れたマリアは、褐色の肌をし、星で彩られたマントと光をまとっていたと言われています。私はマリア像に近づき、聖母が人々の生活の中で行った不思議な業を思い起こしながら祈りました。数時間そこにいてその場所の「オーラ」を生きようとしました。私はマリア様に愛され、祝福されていると感じました。グアダルーペを訪れることができて本当に嬉しかったです。
「グアダルーペの聖母」
「グアダルーペの聖母」
サバティカルの第二段階はフランスでした。私は、オブレート会の創立者である聖ウジェーン・ド・マズノのカリスマに関するプログラムに出席のために、南フランスのマルセイユに近い街エクス・ア ン・プロヴァンスに行きました。プログラム期間中、私たちはマリアに捧げられた幾つかの教会を巡礼しました。その一つが、マルセイユの街を見下ろす「衛兵の聖母」の聖堂、ノートルダム・ド・ラ・ガルドへの訪問でした。オブレート会の創立者が建てたこの素晴らしい建造物の最上部には、赤ん坊のイエスとともに荘厳な黄金のマリア像があります。当時、フランス人宣教師たちが船で異国の地へと旅立つ時、最後に目にする祖国の光景がこの無原罪のマリア像だったと言われています。私はこの気色のいい場所を訪れた時に、マリアの守護と福音の良い知らせを宣べ伝えるために外国に赴く宣教師の人生において聖母が果たす役割を感じ、祈りました。
「衛兵の聖母」
もうひとつの巡礼地は、「光の聖母」として知られるノートルダム・ド・リュミエールです。ここはマリア出現の場所で、オブレート会員が長年にわたって宣教活動をしているところです。リュミエールは、フランス南東部グール県にある小さな集落で、17世紀以来、「巡礼の地」となっています。そこで奇跡的な光が現れ、グールの住人が治癒しました。多くの村人が光を目撃し、「光を放つ非常に美しい子供」の幻影に取り囲まれ、その子供は幼子イエスご自身とみなされました。その後、人々はリュミエールをマリアへの巡礼地としました。私は、リュミエール巡礼の背景や、聖母が人々の生活に与えた影響について学ぶのは興味深いことでした。マリア様は、訪れる巡礼者を照らし続けていることを感じました。
エクス・ア ン・プロヴァンスでのプログラム中、私たちには短い休憩時間が与えられたのでそれを利用してマリア出現の非常に重要な2つの巡礼地を訪れました。一つは、有名なノートルダム・ド・ルルド、もう一つは、ノートルダム・ド・ガレゾンであります。ノートルダム・ド・ガレゾンで私は聖十字架修道会の神父様たちと2泊し、彼らのもてなしを体験しました。ここはフランスのオート・ピレネーに位置する人里離れた場所です。聖十字架修道会の神父がこの場所を案内してくれましたが、私にとって興味深かったのは、貧しい少女に対する聖母の出現の物語でした。その由来を簡単に紹介したいと思います。
1515年、羊の世話をしていた12歳の貧しい羊飼いアングレーズ・ド・サガザンに、聖母マリアが3度現れたと言われています。彼女はマリア様からのメッセージを持ち帰りました。それは、「ここに、私の賜物を広げよう」、「礼拝堂を建ててほしい」、「神の恵みに感謝することを忘れるな」でした。聖母の出現の後、泉の近くに小さな礼拝堂が建てられました。多くの巡礼者がこの礼拝堂で祈りを捧げるようになり、次第にその重要性が高まったため、小さな礼拝堂は1540年に建てられた現在の礼拝堂に建て替えられました。
ノートルダム・ド・ガレゾンからノートルダム・ド・ルルドまでは車で約75キロぐらいです。私が初めてルルドを訪れたのは23年前でした。その時はあるグループと一緒だったのでルルドで十分な時間を過ごすことはできませんでした。しかし、今回は違いました。私はできるだけ多くの時間をルルドで過ごし、その瞬間を生きたかったのです。そのため、多くの人が洞窟のすぐ近くに長い列を作って立っているのを見て、私はロザリオを右手に、左手は洞窟の石の湿り気を感じながら、皆さんと加わりました。聖母像に近づくにつれ、母であるマリアの温かさと親しみを感じました。そして、晩のロウソク行列に加わりました。翌日、聖堂で行われた国際ミサに合同司式をする機会が与えられたことをとても嬉しく思います。その後、私のガイドをしてくれた神父がベルナデッタの家や巡礼者に奉仕するオブレート会共同体を訪問するなど、いくつかの重要な場所に連れて行ってくれました。私はサバティカル期間中にルルドを訪れたことは、霊的な刷新のために特別なことだと感じました。
ルルド バシリカ聖堂
マリア様は、オブレート会の守護聖母であります。オブレート会員である私にとって、マリアと共に旅することは意義深いものでした。実り多きサバティカルの一年は終わりを告げましたが、マリアとの旅は私の残りの人生において続くことでしょう。私は聖母の親密さと守護に感謝したいと思います。
