第108回「世界難民移住移動者の日」教皇メッセージ ー 移民や難民とともに未来を作る

「わたしたちはこの地上に永続する都をもっておらず、来るべき都を探し求めているのです」(ヘブライ13・14)。

親愛なる兄弟姉妹の皆さん

この世でのわたしたちの「旅」の究極の意味は、真の故郷、すなわちイエス・キリストによって始められた神の国を探し求めることであり、それはイエス・キリストが栄光のうちに再臨されるときに完全に実現します。そのみ国はまだ完成していませんが、救いを受け入れた人々の中にすでに存在しています。「神の国は、わたしたちの内に存在します。依然として終末的ではありながら、世界の、人類の未来でありながらも、同時にそれは、わたしたちの内にあるものなのです」1。 Continue reading

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「被造物を大切にする世界祈願日」教皇メッセージ 2022年9月1日

親愛なる兄弟姉妹の皆さん

「被造物の声を聞け」ーーこれが今年の「被造物の季節」(訳注:2007年に始まった、諸教会・超教派による環境問題啓発のための年間行事。日本のカトリック教会では「すべてのいのちを守るための月間」として、2020年から取り組んでいる)のテーマであり、呼びかけです。エキュメニカルなこの行事の開催期間は、9月1日の「被造物を大切にする世界祈願日」から、10月4日のアッシジの聖フランシスコの記念日までです。すべてのキリスト者が一致して、わたしたちの共通の家のために祈り、そのケアをする特別な機会です。もともと、コンスタンティノープル全地総主教によって鼓舞されたこの季節は、わたしたちの「エコロジカルな回心」を深める機会となっています。聖パウロ六世がすでに1970年には語っていた「生態系異変」1への対策として、聖ヨハネ・パウロ二世教皇が提唱した回心です。 Continue reading

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子どもたちに対する戦争:「子ども向け」ゲイドラッグショーは「不適切」(パート11)

(この記事は、「子どもたちへの戦争」を引き起こしている大人の強迫観念を明らかにするノボトニー 神父による継続中のシリーズの一部です。)

ノボトニー • ジェローム OMI – 最近、あるスキャンダルが新聞を賑わし、ゲイコミュニティによる子どもへの信じられないような攻撃が浮き彫りになりました「ダラスゲイバーの『子ども向け』ドラッグショー」と題した記事が米国テキサス州で掲載され、子ども向けのドラッグショーを特集したのです。直ちに州議会議員は、こうした不適切な出来事から子どもたちを守るための法案を提出すると発表しました。「ドラッグショーは子どもの居場所ではない」と同氏は述べています。私の疑問は、「なぜ過去何年間も、ゲイコミュニティから子どもたちを守るために何もしてこなかったのか」ということです。執筆者のマイケル・ブラウン氏は、ドラッグクイーンが子どもたち(およびその親たち)に向けてパフォーマンスをする光景は、20年近く前からプライドパレードでよく見られることで、世間の反発はほとんどなかったと指摘しています。ゲイバーで行われる「ドラッグクイーンショー」は、ゲイコミュニティから発祥したもので、家族が子どもたちと一緒に「プライド月間」を祝うために生み出されました。 Continue reading

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2022年平和旬間 — 平和は可能です。平和は義務です。

日本カトリック司教協議会会長談話

平和が暴力的に踏みにじられた年になりました。いのちの尊厳がないがしろにされ、その保護が後回しにされる年になりました。 Continue reading

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フードバンクin古賀教会

ベルナルド・オンダップ OMI – フードバンク活動とは、まだ安全に食べられるにも関わらず、やむを得ず処分されてしまう食料を企業や個人から無償で寄贈を受け、食料を必要としている人に無償で提供する活動です。私たちの周りにまだ食べられるのに様々な理由で処分されてしまう食料品などがあります。これらの食料を必要とする方々に無償で届けます。私たちの自宅にあるものでまだ食べられるものなど、“もったいない”から教会に持って行って必要とする方々に持って帰っていただく、そのような取り組みです。 Continue reading

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子どもたちに対する戦い:生きた胚の凍結 – 「人間か否か」(パート10)

(この記事は、「子どもたちへの戦争」を引き起こしている大人の強迫観念を明らかにするノボトニー 神父による継続中のシリーズの一部です。)

ノボトニー • ジェローム OMI – 人生では何がもっとも重要かということを非常に容易に見失ってしまいます。私たちの日々は非常に忙しく、生まれる前の胚胎児やすでにこの世に生を受けた子どもたちの両方が直面している問題を見過ごしがちです。生まれる前の胚の凍結を例にとってみましょう。これは子どもたちに対して行われている戦争の、もう一つの執着です。この方法では、生きている人の命を奪い、実際に凍結させます。この凍結は、一般的に固化とも言われますが、生まれる前の胚胎児が、凝固点以下まで体温を下げることで固体になる相転移です。

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子どもたちに対する戦争:子ども兵士たちー「私たちを守って!」(パート9)

(この記事は、「子どもたちへの戦争」を引き起こしている大人の強迫観念を明らかにするノボトニー 神父による継続中のシリーズの一部です。)

ノボトニー • ジェローム OMI – 「どの子どもも一人ひとり種類の違う花だ。みんながそろってこの世界は美しい花園となる」(作者不詳)。この世界にある最も貴重なものの一つが、子どもたちです。神様は、一人ひとりをかけがえのない人間として、オンリーワンの存在としてお創りになりました。はじめに神は「男と女」をお造りになり、「増えよ、地に満ちよ」と言って、ご自分の創造の業に参加することを願われました。その結果、一人ひとりが尊く、「特別な」才能や能力を持ち、世界に生命を与える子どもたちが誕生しました。子どもは、幼少期から青年期に至るまで、人間として成長するために安全な環境を必要とします。その時期は、子どもたちが恐れなく、暴力の不安なく、そして虐待や搾取からも保護されて生きるべき時なのです。子どもたちは世界の未来であり、私たちは他の貴重な資源に対すると同じように、彼らを大切にする必要があります。 Continue reading

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子どもに対する戦争:気候変動 ―「COP25の前と後」(パート8)

(この記事は、「子どもたちへの戦争」を引き起こしている大人の強迫観念を明らかにするノボトニー 神父による継続中のシリーズの一部です。)

ノボトニー • ジェローム OMI – (COP25の前) – 「あなたは老衰で死に、私たちは気候変動で死ぬだろう!」 気候変動に対応する政治家の無関心に若者たちが反撃しています。「私たちが欲しいものは何か? 気候の公正さだ! いつ欲しいのか? 今だ!」COP26の「ユースデー」に合わせて街に繰り出した何千人もの抗議者たちの訴えが、グラスゴーの中心街に響き渡りました。若いリーダーたちは、自分たちの声を届けるために最善を尽くし、気候変動対策の現状や、一部の人が主張している「気候に対する無策」への不満を訴えました。幼い子どもたちもデモに参加しました。そのうちの一人は、UN Newsに「気候変動は宿題よりひどい」と語っていました。 Continue reading

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敵を愛することは本当に可能でしょうか?

ノボトニー • ジェローム OMI – 「あなたは不可能なことをお求めになるお方ではありません。私のイエスよ、あなたはよくご存知ですが、私はあなたが愛するようには、人を愛することができません。もし、あなたが私の中のその人を愛しておられなければ。あなたの御心は、あなたが私に愛しなさいと命じられたすべての人を、私が愛することです。」(リジューの聖テレジア)

世界で道義を訴える偉大な人の一人、デズモンド・ツツ元大主教の逝去[2021年12月26日]からほぼ2ヵ月になります。南アフリカ共和国、ケープタウンで初めての黒人大主教として、アパルトヘイト人種隔離政策の撤廃に尽力しました。そして、人間性を奪うその差別のシステムがついに廃止されたとき、彼は南アフリカのすべての人々にとって平和な未来が実現するようにと、自国の白人と黒人の間に許しと和解をもたらすために働きました。 Continue reading

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自己中心性からの断食

ブラッドリー ロザイロ、OMI ー 毎年、四旬節に私は同じ質問に直面します:何を諦めるべきですか?

私は祈りの中で自分の生活を振り返りながら、自己犠牲を実践する意味のある方法を探しますが見つからないのです。でも、四旬節だから「何かを犠牲にしないと」と思ってしまいます。そして、毎年繰り返しやっていることに戻ります。それは、40日間チョコレートやアルコールを口にしないことです。それは本当の断食でしょうか。そのような断食は、衝動と戦うので短期間神に注意を引くかもしれませんが、それだけでは十分ではないと思います。 Continue reading

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