ダオアンフォック, OMI ー 私の名前はダオアンフォックです。ベトナム出身の聖母献身宣教会の神学生です。私と日本との歩みは十年前に始まりました。その時、私は技能実習生として初めて日本へ来ました。そして十年後、今度は神学生として、再び日本へ来る機会を神様からいただきました。
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ダオアンフォック, OMI ー 私の名前はダオアンフォックです。ベトナム出身の聖母献身宣教会の神学生です。私と日本との歩みは十年前に始まりました。その時、私は技能実習生として初めて日本へ来ました。そして十年後、今度は神学生として、再び日本へ来る機会を神様からいただきました。
人々を心に刻む
ノボとニー • ジェローム, OMI ー 今日、長崎を思い起こすにあたり、私は単に歴史上の一つの出来事について語りたいのではありません。私たちが心に刻むべきなのは、そこに生きていた一人ひとりの人間です。父親や母親、子どもたちや祖父母、学生や働く人々、司祭や修道女たち―1945年8月9日、その命は突然奪われました。
日本で61年間生活し、奉仕してきたカトリック司祭として、私は長崎が単なる地図上の一つの場所ではないことを深く感じるようになりました。長崎は、記憶を刻む聖なる場所です。日本の歴史、カトリック教会の歴史、そして戦争の悲劇が一つに重なる場所なのです。
ペレラ • タランガ, OMI ー 最近、京都を訪れる機会がありました。美しい寺院を巡りながら、私の心に深く残ったことがあります。それは建物そのものではなく、寺院と自然が見事に調和している姿でした。
サミット神父, OMI ー 今回の京都研修会に参加し、歴史や伝統文化、あるいは最先端の取り組みを肌で体感する非常に貴重な機会となりました。
ダオ アン フォック, OMI ー 5月6日から8日まで、八木ブラザーに案内していただき、ベルナルド神父様、ハワード神父様、タランガ神父様、サミット神父様、プラサンナ神学生と一緒に、京都の歴史あるお寺や日本庭園を訪れました。
ブラザー八木信彦, OMI ー 徳島は私のふるさとです。そして、この徳島(阿波)は昔から藍染めが盛んでした。
ノボとニー • ジェローム, OMI ー 若い夫婦を想像してみてください。二人は結婚した日から、子どもを授かることを夢見てきました。毎月のように希望を抱き、祈り、待ち続けます。しかし、何も起こりません。やがて担当医は、**体外受精(IVF)**を勧めます。友人たちも「試してみたら?」と励まします。SNSには、IVFによって生まれた赤ちゃんを喜ぶ幸せな家族の話があふれています。それは最も自然で、当然の解決策のように思えます。
ブラザー八木信彦, OMI ー 「召命」という言葉を聞くと、多くの人は司祭や助祭、修道者になることを思い浮かべることでしょう。確かにそれは、特別な意味での召命で、今まで一般的に使われてきた「召命」です。それに対して「固有の召命」という言葉も使われるようになりました。これは、神さまが一人ひとりに与えておられる、その人ならではの呼びかけで、結婚して家庭を築き、夫婦の愛と家族の絆を通して神の愛を証しする人であり、独身として社会の中で奉仕し、多くの人に仕える人の呼ばれ方です。しかし、一般的な「召命」や「固有の召命」のように、その人個人の召命ではない、すべての人に与えられている「共通の召命」というものがあるような気がするのです。
ブラザー八木信彦、OMI ー 今からお話しすることは、今から約30年前、ブラジルで本当に起こった出来事です。聖体拝領のときのあのホスチアが、イエス・キリスト御自身であることをもう一度心に留めながらお聞きください。
ブラザー八木信彦、OMI ー 学生の頃、夏休みに、サーカスでバイトをした経験があります。もちろん、曲芸師としてではなく照明係としてです。サーカスのお客さんが入る大きなメインのテントの裏には、サーカスに登場する動物の檻、団員の生活の場である小さなテント、そして食堂となる中くらいのテントがあり、バイトの人たちの昼食は、そこで団員と一緒に食べました。ある時、昼食で一緒になった団員から、綱渡りのコツを教えてやろうということになり、厳しい訓練かと思いきや、彼によるとロープの上をうまく歩くための秘訣は、たった二つのことだけなんだと言うのです。