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2024年四旬節教皇メッセージ – 荒れ野を通り、神はわたしたちを解放へと導かれる

親愛なる兄弟姉妹の皆さん わたしたちの神はご自分を啓示なさると、解放を告げます。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(出エジプト20・2)。シナイ山でモーセに授けられた十戒は、このように始まります。民は、神のいう導き出すこと(エクソドス)が何を指すのか、よく分かっています。奴隷の経験はなおも、彼らの肉に染みついているのです。彼らは荒れ野で、解放への道となる、契約の十のことばを受け取ります。わたしたちはそれを「おきて」と呼んでいます。神はご自分の民を愛をもって教えられましたが、その愛の強さを強調するためにです。解放への呼びかけは、事実力強いものです。それは一度でくみ尽くされるものではありません。途上で熟すものだからです。荒れ野にいたイスラエルの民がエジプトへの心残りを抱いていたように――実際、彼らは幾度も過去を懐かしみ、天とモーセに対して不平をぶつけます――、今日の神の民もまた、捨て去る決意をしなければならない、自分を苦しめるしがらみを内に抱えています。わたしたちがそれに気づくのは、希望を失い、荒れ果てた地にいるように人生をさまよい、ともに向かっているはずの約束の地が見えないときです。四旬節は、預言者ホセアが告げたように、荒れ野が再び、最初の愛の舞台へと戻る、恵みの時です(ホセア2・16−17参照)。神はご自分の民が奴隷状態から抜け出し、死から生へ渡る道を味わえるよう、教え導いてくださいます。花婿のように、わたしたちをご自分のもとに抱き寄せ、わたしたちの心に愛のことばをささやかれます。

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確実性への要求は必ずしもスッキリするとは限らない

ノボトニー • ジェローム OMI – 前回の記事では、同性愛に関するカトリック教会の公式な客観的教えに触れた。「真実:カトリック教会とLGBTQ+」の記事である。今回はその続きとして、カナダの小教区で助祭を務める親友のダグラス・マクマナマン氏からいただいた記事を紹介し、主観的/司牧的アプローチについて述べたいと思う。ダグラス・マクマナマン助祭は、Lifeissuses.netのライターであり、高校生にカトリックの性倫理を教える教師であり、多くの書籍や記事を書いている。この記事の掲載を許可してくださったダグ助祭に感謝します。同性愛を扱う場合、客観的側面と主観的側面の両方に重点を置くことが必要だと思う。どちらか一方を避けることは混乱につながるからです。

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