子どもたちに対する戦い:生きた胚の凍結 – 「人間か否か」(パート10)

(この記事は、ノボトニー神父による「子どもたちへの戦争」を繰り広げる大人の脅迫観念を示す継続的なシリーズの一部です。)

人生では何がもっとも重要かということを非常に容易に見失ってしまいます。私たちの日々は非常に忙しく、生まれる前の胚胎児やすでにこの世に生を受けた子どもたちの両方が直面している問題を見過ごしがちです。生まれる前の胚の凍結を例にとってみましょう。これは子どもたちに対して行われている戦争の、もう一つの執着です。この方法では、生きている人の命を奪い、実際に凍結させます。この凍結は、一般的に固化とも言われますが、生まれる前の胚胎児が、凝固点以下まで体温を下げることで固体になる相転移です。

私たちは自分に問いかけなければなりません。人間の生命はいつ始まるのか?と。胚は人間でしょうか?生まれる前の子どもは、妊娠初期にはヒト胚ですか?その答えは非常に簡単です。妊婦さんは人間でしょうか?もちろんです。彼女のパートナーは人間でしょうか?もちろんです。当然、女性の胎内の胚は、同じ種、つまり人間であるということになります。

凍結されたヒトの胚は、もっとも脆弱な人間であるといって差し支えないでしょう。科学は、胚が完全なヒトであることを指摘しています。なぜなら、受胎時に作られた最初の細胞が発育の過程で倍増し続けるからです。「胚」という用語は、「幼児」や「青少年」などの用語と同様に、生物の発育の特定の段階を意味します。一般的に、受胎から8週目までを胚と呼びます。8週目以降、生まれるまでを「胎児」と呼びます。

だとすれば、私たちは問いかけなければなりません。「ヒトの胚に始まりはあるのか?」と。米国大統領の科学と矛盾する発言から判断して、大統領にはまったくその答えがわかっていないようです。最近、バイデン大統領は受胎時にヒトの生命が始まるとは考えていないと発言しましたが、これは生命がいつ始まるかについての過去の発言と反対のものです。2015年、大統領は「受胎の瞬間がヒトの生命の始まりであるという考えを受け入れる準備はできている」と明言していました。何が大統領の考えを変えたのかは不明ですが、まだ生まれていない子どもがいつ人間になるのかを決めるのは、米国大統領ではなく科学であることを、誰かが彼に教えてあげるべきです。

テキサス州タイラーのカトリック教区のJoseph Strickland司教は、バイデン大統領は全面的に間違っていると話しています。「大統領、あなたは間違っています。完全に間違っています。そして大統領がこのままこの政策を推しとおし続けるならば、国の分断は極限まで進むことになるでしょう。あなたの頑なな心が、まだ生まれていない子どもとその母親の命の尊厳に開かれることを祈っています」と。

胚の科学的説明を簡単に分析してみましょう:卵子が受精し、父親のものでも母親のものでもない、新たな人間の命が始まる瞬間です。

Dianne N. Irving博士は、生命に関する事実に基づく多くの論文でこれについて非常にうまく説明しています。これは以下のタイトルの論文からの引用です:「一人の人間の新たな生命の始まる瞬間」

(引用)問題の枠組みを考えてみましょう:ヒトの有性生殖では、受胎[または受精]した時が生命の連続体の始まりです。発達のすべてを「正常」として理解し、受け入れるようになると、実際に、生命の連続体のすべてが、その死にいたるまで、既成事実となります。

受精は1つのプロセスであり、このプロセスの始まりである精子と卵母細胞の最初の接触において、新たな単細胞のヒトの胚が生まれます。次のようなその他のいくつかの事象が急速に起きることも知られています:カルシウム放出、表層および皮質下の反応、細胞質の反応、前核の形成、配偶子合体(染色体の合体)、その他の変化および接合体の最終形成。プロセス全体をとおして、ヒトの単細胞はヒト胚の早期の発達に関するカーネギー発生段階[1942年以降継続的に更新]のステージ1を構成しています。[https://www.medicalmuseum.mil/assets/documents/collections/hdac/stage01.pdf].

受精プロセスで起きるこれらのほとんどの事象は、ヒトの生命の始まりであると言われてきました。しかし、この表現は不誠実です。開始時点、つまり新たなヒトの命の始まりの瞬間は、カーネギー発生段階のステージ1で記載されているとおり、精子の細胞膜と卵母細胞の細胞膜の最初の接触です。

若い妊婦が胚や胎児の超音波画像を見せられて、中絶から出産に気持ちが変わるということは非常によくあることです。しかし、彼女たちは単細胞の胚や、もっと言えば精子と接触した卵母細胞を目にして気持ちを変えるでしょうか?それは疑わしいでしょう。発生期の生命は、全体として尊重されるべきであり、政治的な理由で区分すべきではありません。(引用の終了)

科学的事実は、なぜこれほど多くの人々、特に聖職者、法律家、社会科学者などの様々な分野の人々に無視されるのでしょう?科学は、ヒトの受精から死に至るまでの発達は、途絶えることのない連続体であることを私たちに示しています。「生まれる前の子どもが今は生きている人間ですが、1分前は生きている人間ではありませんでした」などといえる時点はどこにもないのです。

凍結胚移植に倫理的な問題はありますか?

もちろん、あります。たとえば凍結胚の廃棄、研究目的の破壊、「仮死」状態のまま廃棄または放置を許すことは、人間の命の価値を損なうことになります。このような行為によってもたらされる唯一の帰結は、生命の破壊です。その理由は、これらの胚は受精後に凍結されますが、この段階の胚は、すでにその命があなたや私と同様に法律によって保護されるべき、唯一無二の個人の生命だからです。これはすべての人に与えられた基本的人権です。

余剰なヒトの胚が作製されるのは、ほとんどの場合、体外受精(IVF)によるものです。IVFは、試験管や体外で卵子を受精させる医療処置です。いずれか1つが必ず出生までたどり着けるように、複数の胚が作製されます。その結果、世界中で何万という凍結胚が不妊治療クリニックで中ぶらりんのまま放置されています。ある試験では、その数を米国のみで約1,400万と推定しています。

IVF後に凍結された余剰な胚はどうなるのでしょう?

まず、残忍な、富をもたらす市場が出現し、ヒトの胚は他者が売買する製品(商品)となってしまっています。市場では、以下のように金銭上の様々な選択肢があります。

     (1) 余剰の胚を将来の移植のために保管し、次の子どもをもうける(しかし、作製したすべての胚を使用することは、すべての家族で行われるわけではありません。これ以上子どもがほしくない、または医療上、経済上または現実的な理由でこれ以上子どもが持てない家族もいます。その結果、未使用の胚が残ります)。

     (2) 胚の提供:これは、胚を受け取った夫婦が卵子または精子の提供者のいずれかと遺伝子的なつながりのないことを意味します。胚の提供は、非常に高額となる可能性があります。米国立不妊症協会(RESOLVE)によると、胚提供の費用は平均で2,500~4,000米ドルですが、IVFの1サイクルの費用は平均で12,400米ドルです。

     (3) 余剰胚の科学研究での利用:胚性幹細胞は発生後3~5日の胚から作製されるため、そのプロセスの中で胚の命は絶たれます。その後、胚性幹細胞はより多くの幹細胞に分裂する、または身体のあらゆる部位の細胞になります。

     (4) クリニックによるヒト胚の解凍および処分。胚の使用に関する1分野において、他者に提供された各胚につき、100超の胚が解凍または廃棄されます。ほとんどの場合、これらの廃棄される胚は、クリニックにて処分されますが、廃棄される胚を埋葬のために母親に譲渡することもあります。ヒトの胚を弔う儀式が行われます。

     (5) 残余の凍結胚を一定期間または無期限で保管。これはもちろん無料ではありません。クリニックが保管費用を請求します。

凍結胚の破壊は倫理的な行為でしょうか?

国立カトリック生命倫理センターの倫理神学者であるTad Pacholczk神父は、「簡単な答えとしては、倫理的に凍結胚について我々ができることはほとんどなく、唯一できることは当面の間凍結したままにしておくことです。倫理的に受け入れ可能な選択肢は他にないようです」と指摘しています。

Franciscan Sisters of the EucharistのメンバーであるシスターMary Timothy Prokesは、「凍結胚は人間のもっとも救いようのない行いの1つです」と述べています。

Jerome Lejeune博士はかつて、これらの胚の状態を「強制収容の刑務所」に入れられている状態と表現しました。

カトリック教会はIVFと余剰胚について何と言っているのでしょう?

子どもをもうけることは当たり前のことではありません。それは「結婚の至上の贈り物」です(CCC 2378)。子どもがペトリ皿の中で作りだされるものであれば、彼らは商品になってしまいます。

人間は神の姿を模して創られており、決して売り買いされるべきではないのです。神は無償で我々に命を与えてくださいました。私たちはその命を大切にし、決して命から利益を得たり、購入したりしてはいけないのです。私たちは決して人間に値段をつけませんが、それこそがIVFで実際に行われていることなのです。1回のIVFにつき14,000~20,000米ドルという値段で、この医療処置は、銀行口座を空にし、退職金口座を使い果たし、親になりたいと必死な人たちを利用するケースが多くみられます。しかも、35歳以下の女性で成功率はわずか約42%、それより年齢が上の女性では、成功率は大幅に低くなります。IVFに保証はなく、決して安易な解決策ではないのです。

カトリック教会は、次の理由でIVFは決して受け入れられないと考えています:(1)結婚という行為から受胎が取り除かれるため、および(2)赤ん坊が操作されるべき商品として扱われるため。これは受胎の瞬間から不滅の魂を有する人間としての子どもの完全性を侵害するものです(Donum Vitae 1987)。

カトリック教会の教導権は、倫理的に許容できるものとして凍結胚を拒否しました。ヒトの胚を無期限で凍結状態のままにすることは、個人の基本的な尊厳や敬意を侵害する行為であると明確に教示しています。胚:胚性幹細胞研究および使用に対するカトリックの代替手段(A Catholic Alternative to Embryonic Stem Cell Research and Adoption

基本的に、始めからこのような現象が存在すべきではないため、私たちは凍結胚に関する解決困難な状況の中にいます。しかし、このような状況にいることを自覚した今、悪魔に手を貸すことなく、私たちにできることは何でしょう?Dignitas personae 19(指針人格の尊厳19)の以下の結びの言葉をご紹介します:

様々なことを考慮して、何千もの廃棄された胚は、実際のところ解決できない不平等な状況を表していることを認識する必要があります。したがって、ヨハネパウロ2世は、「世界中の科学的権威、特に医師の良心に対して、基本的人権を有しており、したがって人間として法の保護下に置かれるべきである、何万もの<凍結>胚の人間としての運命に関する倫理的に正当な解決策はないことを考慮に入れて、ヒト胚の作製を中止するよう、アピール」を行いました(8)。カトリック教会の教義を踏まえて、この問題についての詳細は、こちらをクリックしてください:https://www.hli.org/?sfid=19849&_sf_s=frozen%20embryos%20

カトリック信者およびキリスト信者として、私たちには社会で何の力も持たない者たち、つまり、移民、少数民族、そして今回のようなヒトの凍結胚などの権利のために声を上げる義務があります。これらの声なき人々が日常で苦しめられている不平等を世界に向けて指摘するために、彼らは私たちの声を必要としています。私たちは明確に表明しなければなりません。何百万もの生きているヒトの胚を凍結することによる、子どもたちへの戦争は許されないということを。これは殺人です。人間の命をこのように扱うなど、あり得ないことです。子どもは、大人のニーズや市場化のために生産される商品ではありません。そして、関与する人々の意図にかかわらず、大きく、深く、本質的に、倫理に反しています。

Dianne N. Irving博士の追加研究:

Updated References for Accurate “Language” Re “Human Being”/”Human Person”/”Personhood”

Carnegie Stage 1a = When Sexually Reproduced Human Beings Begin To Exist 

’Identical Twins’ Are Human Clones A-Sexually Reproduced (no fertilization) Both Naturally and Artificially

Caution Again:  Need to Use Newer URL’s for Carnegie Stages for Issues Concerning the Early Human Embryo


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