長崎、81年後―平和へと私たちを招く傷

人々を心に刻む

ノボとニー • ジェローム, OMI ー 今日、長崎を思い起こすにあたり、私は単に歴史上の一つの出来事について語りたいのではありません。私たちが心に刻むべきなのは、そこに生きていた一人ひとりの人間です。父親や母親、子どもたちや祖父母、学生や働く人々、司祭や修道女たち―1945年8月9日、その命は突然奪われました。

日本で61年間生活し、奉仕してきたカトリック司祭として、私は長崎が単なる地図上の一つの場所ではないことを深く感じるようになりました。長崎は、記憶を刻む聖なる場所です。日本の歴史、カトリック教会の歴史、そして戦争の悲劇が一つに重なる場所なのです。

長崎とカトリック教

長崎は、カトリック信者にとって特別に深い意味を持っています。何世紀にもわたり、日本のキリスト者たちは迫害に耐え、信仰を捨てるよりも命をささげる道を選びました。カトリック共同体は密かに信仰を守り続け、やがて再び公にその姿を現しました。浦上は、日本におけるカトリック信仰の大きな中心地の一つとなりました。

そして1945年のあの恐ろしい朝、長崎上空で原子爆弾が炸裂しました。多くのカトリック信者が浦上天主堂の中、あるいはその周辺にいました。その中には、告解の準備をしていた人々もいました。天主堂は破壊され、そこにいた多くの人々が命を失いました。

このことを思うとき、私は、歴史とは「数字の集まりではない」ということを改めて感じます。一つひとつの数字の背後には、神の似姿として造られた一人の人間がいました。亡くなった一人ひとりに名前がありました。その人を愛していた人がいました。その人が家に帰ってくるのを待っていた人がいました。

戦争が人間にもたらす代償

長崎に対する私たちキリスト者の応答は、このような一人ひとりの命を心に刻むことから始めなければなりません。それは、苦しみ、亡くなったすべての人々のために祈り、思いやりを持ち、一人ひとりを尊重することから始まります。

同時に、長崎を単なる政治的な議論にしてしまう誘惑にも抵抗しなければなりません。歴史家たちは、1945年の軍事的、政治的な決断について、これからも議論を続けるでしょう。しかし、戦略について論じる前に、私たちはまず、人間が支払った代償を心に刻まなければなりません。福音は、すべての人間の命には比べることのできない尊い価値があることを教えています。イエスは言われました。

「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」

この言葉は、今日、特に重要な意味を持っています。長崎が私たちに教える恐ろしい教訓は、単に核兵器が強大な力を持っているということではありません。それは、人間が想像を絶する規模で互いを破壊する力を手にしてしまったということです。

それにもかかわらず、81年後の今日も、世界には核兵器が存在しています。キリスト者として、私たちはこの現実に慣れてしまってはなりません。「世界とはそういうものだ」と簡単に片づけてはなりません。私たちの信仰は、別の道が可能であると信じるよう私たちを招いています。

十字架と憎しみの拒絶

キリストの十字架は、暴力の論理とはまったく異なる道を私たちに教えています。イエスご自身が暴力の犠牲となられました。しかし、暴力に対して憎しみで応えることはありませんでした。十字架の上から、ご自分を死に追いやった人々のために祈られました。それは、悪や不正を無視するという意味ではありません。憎しみに最後の言葉を語らせないということです。

これは、長崎が私たちに教える最も難しい教訓の一つでしょう。被爆者の方々が憎しみをもって応えたとしても、人間的には十分理解できる理由がありました。しかし、多くの人々は、憎しみではなく、平和と和解について語る道を選びました。その証しは、今日の私たちにも問いかけています。

平和は私たちから始まる

宣教師として生きてきた司祭として、私は、長崎を記憶することは、今日の私たちの生き方を変えるものでなければならないと信じています。平和は、政府同士の会議だけから始まるものではありません。平和は人間の心から始まります。家庭から、共同体から、祈りの場から、そして自分とは異なる人々との関わりから始まるのです。

誰かを憎むことを拒むたびに、私たちは平和に向かって小さな一歩を踏み出します。赦すたびに、平和に向かって一歩を踏み出します。人を非難するのではなく、その声に耳を傾けるたびに、平和に向かって一歩を踏み出します。そして、目の前の一人ひとりを神の子として認めるたびに、私たちは平和に向かって一歩を踏み出すのです。

祈りから決意へ

ですから今日、私は深い悲しみと祈りをもって、長崎の人々を心に刻みます。亡くなった方々のために祈ります。長い年月にわたり、つらい記憶を背負って生きてこられた被爆者の方々のために祈ります。愛する家族を失った方々のために祈ります。言葉では到底言い表すことのできない破壊の中から、町と生活を再び築き上げた長崎の人々のために祈ります。そして、核兵器を保有する国々の指導者たちのために祈ります。

しかし、私たちの祈りは、同時に具体的な決意へと変わらなければなりません。広島と長崎で何が起こったのかを、次の世代に伝えなければなりません。被爆者の方々の声を直接聞くことのできる今、その証言に耳を傾けなければなりません。国々の間の和解のために働き、核兵器を減らし、最終的には廃絶するためのあらゆる誠実な努力を支えていかなければなりません。

「二度と繰り返してはならない」

長崎は、決して過去の記憶だけになってはなりません。未来への警告とならなければなりません。81年が過ぎた今も、そのメッセージは変わりません。二度と繰り返してはならない。

二度と、人間の命が犠牲にしてもよいものとして扱われてはなりません。

二度と、都市全体を破壊することが、人間同士の対立を解決する普通の手段として受け入れられてはなりません。

二度と、憎しみが、一人ひとりの人間の尊厳を認める心よりも強くなってはなりません。

結び―信仰、希望、愛

カトリック信者である私たちには、長崎を記憶すべき特別な理由があります。原子爆弾が投下されるはるか以前から、殉教者たちの血はすでにこの町の歴史の一部となっていました。ですから、長崎の苦しみは十字架について語ると同時に、希望についても私たちに語りかけています。建物は破壊されることがあります。町も破壊されることがあります。人間の体も破壊されることがあります。しかし、信仰、愛、赦し、そして希望は、再び立ち上がることができます。この81周年の日、心を長崎の人々と一つにすることができますように。

*亡くなった方々を心に刻みましょう。
*被爆者の方々の声に耳を傾けましょう。
*憎しみを拒みましょう。
*すべての人間の命の尊厳を守りましょう。
*そして、私たち一人ひとりが、それぞれの小さな場所で、イエスが「神の子」と呼ばれる平和を実現する人となることができますように。

この記念の日、私たちの祈りが長崎から全世界へと広がっていきますように。

主よ、私たちをあなたの平和の道具としてください。
憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。
恐れのあるところに、希望をもたらすことができますように。
暴力のあるところに、和解を求めることができますように。
そして、人間の命が脅かされているところで、その尊厳を守る勇気を私たちにお与えください。

(1945年8月9日)――長崎で亡くなられたすべての方々の魂が、神の平安のうちに安らかに憩われますように。そして、その記憶が私たちを憎しみへではなく、戦争のない、核兵器のない世界へと導いてくれますように。

神の祝福がありますように。

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核兵器のない世界―いのちを肯定するために

― 長崎原爆の被爆者、永井隆博士
「愛の人とは、武器を持たない『勇気』の人である。」

― 教皇レオ14世
「真の平和は、武器を手放す勇気を求めています。特に、言葉では言い表せないほどの大惨事を引き起こす力を持つ武器を手放す勇気です。」

『カトリック教会のカテキズム』2314項
「都市全体、あるいは広大な地域とそ
の住民を無差別に破壊することを目的とするすべての戦争行為は、神と人間に対する犯罪です。」

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