Author Archives: Jerry Novotny

「イエスの十字架を運ぶキレネ人のシモン」

ブラッドリー ロザイロ、OMI ー ご受難の記述ではイエスが弱り果てて十字架を背負うことができなくなった時に、通りかかったキレネ人のシモンという人が代わりに運ばされたとあります。このシモンがたまたまそこにいて通りかかっただけの被害者であるということ以外の詳細は私たちには知らされていません。これは彼が計画したことでもすすんで志願したことでもありません。十字架を背負うイエスを手助けするシモンが感じたことは、おそらく望まない、不愉快な感情であり、それは理不尽でついていない出来事だったに違いありません。皮肉にも、これは彼の人生全てにおいて最も重要な出来事になったのです。

Posted in 記事, 会員投稿 | Leave a comment

2024年四旬節教皇メッセージ – 荒れ野を通り、神はわたしたちを解放へと導かれる

親愛なる兄弟姉妹の皆さん わたしたちの神はご自分を啓示なさると、解放を告げます。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(出エジプト20・2)。シナイ山でモーセに授けられた十戒は、このように始まります。民は、神のいう導き出すこと(エクソドス)が何を指すのか、よく分かっています。奴隷の経験はなおも、彼らの肉に染みついているのです。彼らは荒れ野で、解放への道となる、契約の十のことばを受け取ります。わたしたちはそれを「おきて」と呼んでいます。神はご自分の民を愛をもって教えられましたが、その愛の強さを強調するためにです。解放への呼びかけは、事実力強いものです。それは一度でくみ尽くされるものではありません。途上で熟すものだからです。荒れ野にいたイスラエルの民がエジプトへの心残りを抱いていたように――実際、彼らは幾度も過去を懐かしみ、天とモーセに対して不平をぶつけます――、今日の神の民もまた、捨て去る決意をしなければならない、自分を苦しめるしがらみを内に抱えています。わたしたちがそれに気づくのは、希望を失い、荒れ果てた地にいるように人生をさまよい、ともに向かっているはずの約束の地が見えないときです。四旬節は、預言者ホセアが告げたように、荒れ野が再び、最初の愛の舞台へと戻る、恵みの時です(ホセア2・16−17参照)。神はご自分の民が奴隷状態から抜け出し、死から生へ渡る道を味わえるよう、教え導いてくださいます。花婿のように、わたしたちをご自分のもとに抱き寄せ、わたしたちの心に愛のことばをささやかれます。

Posted in 日本カトリックニュース, 日本プロライフサイト | Leave a comment

確実性への要求は必ずしもスッキリするとは限らない

ノボトニー • ジェローム OMI – 前回の記事では、同性愛に関するカトリック教会の公式な客観的教えに触れた。「真実:カトリック教会とLGBTQ+」の記事である。今回はその続きとして、カナダの小教区で助祭を務める親友のダグラス・マクマナマン氏からいただいた記事を紹介し、主観的/司牧的アプローチについて述べたいと思う。ダグラス・マクマナマン助祭は、Lifeissuses.netのライターであり、高校生にカトリックの性倫理を教える教師であり、多くの書籍や記事を書いている。この記事の掲載を許可してくださったダグ助祭に感謝します。同性愛を扱う場合、客観的側面と主観的側面の両方に重点を置くことが必要だと思う。どちらか一方を避けることは混乱につながるからです。

Posted in Uncategorized | Leave a comment

子どもたちに対する戦争: ダウン症ジェノサイド – 90%が殺害された(パート13)

(この記事は、「子どもたちへの戦争」を引き起こしている大人の強迫観念を明らかにするノボトニー 神父による継続中のシリーズの一部です。) ノボトニー • ジェローム OMI – テレビでニュースを見たり、朝刊を開いたりするたびに、毎日世界中で、人と人との憎しみがもたらす影響を目にする。暴力は家庭、職場、公共機関、学校、医療施設、そして街頭で起こる。それは実に多くの無意味な形で起こり、女性や子どもたちがしばしば犠牲となる。私たちはまた、戦争状態にある世界の多くの場所で、暴力と憎悪がもたらす壊滅的な影響を目の当たりにしている。その典型的な例がウクライナだ。かつては家族を養い、生計を立てていた人々がいた場所には、焼け落ちた家や事業の灰しかない。私たち人間は怒りに満ちて、その過程で誰を破壊しようとも気にしなくなることがある。この世で起こるすべての破壊は、人間の心の中に潜む罪という一つの源を持っている。私たちは他人を非難したくなるかもしれない。世界の不幸を政府やその他の組織のせいにするかもしれない。しかし、結局のところ、憎しみと暴力は、神と神の愛を拒絶する人間の心から生じている。

Posted in 記事, 日本プロライフ活動 | Leave a comment

子どもに対する戦い:世界初の「人工胚」 – (パート12)

(この記事は、「子どもたちへの戦争」を引き起こしている大人の強迫観念を明らかにするノボトニー 神父による継続中のシリーズの一部です。) 今日の世界の状況を見ると、落胆して落ち込むことばかりです。経済、コロナパンデミック、世界政治、紛争下の子どもなど、社会としての生活のあらゆる領域において、物事は良くなく、概して悪化しているように思われます。私たちの世界は今まで以上に分裂していることを、ほとんどの人が認めると思います。人間の生命の真の価値と尊厳は破壊という危険な先行きの状況に置かれており、科学技術は人類にとって偽の希望の未来をもたらしています。ごく最近になって、イスラエルの科学者らが世界初の「人工胚」を作製していることがわかりました。出生前の子どもが人生の一番初めに、精子、卵子、受精という自然なプロセスを経ずに子宮外で育ちます。これを「人工胚」といいます。

Posted in ノボトニー神父のブログ, 日本プロライフサイト, 日本プロライフ活動 | Tagged , | Leave a comment

2023年幼子イエスさまはどこにおられるの?

ノボトニー • ジェローム OMI – 今年もこの季節がやってきた。クリスマスだ。パンデミック(感染爆発)、地上の軍備増強、独裁者の人権抑圧、生まれている子どもと生まれてくる子どもへの戦争、トランスジェンダー男性が女性スポーツを乗っ取ること、日々のフェイクニュースなど、朝刊の見出しを見ればこれらのニュースは星の数ほどある。そして2023年のクリスマスは、確かに祝日としては到来した。しかし、今日の問題だらけの世界に欠けているものは何だろう?簡単に言えば、クリスマスが欠けている。キリストが欠如しているのに、12月25日を祝えるはずがない。私たちはキリストなしでクリスマスを祝おうと主張している。それは、あなたのいないあなたの誕生日を祝うようなものだ。

Posted in 記事, 日本カトリックニュース, 日本プロライフ活動 | Leave a comment

真理:カトリック教会とLGBTQ+

ノボトニー • ジェローム OMI – 「真理はあなたがたを自由なものとするだろう」(ヨハネによる福音書 8:32)とイエスは約束された。 若い頃、私はアメリカのミネソタ州の農場に住んでいた。農夫なら誰でも言うだろうが、農作業で最も困難なことのひとつは、種を受け入れるための土づくりである。掘り起こし、移動させる必要のある木や潅木、岩石を取り除き、土地を整地するのは大変な作業だ。土が整ったら、肥料を与え、生育に必要な十分な栄養素があることを必ず確かめなければならない。最後に、土壌に十分な灌漑を施さなければならない。そうして初めて、植える種を支える土壌の準備が整うのだ。

Posted in 記事, 日本プロライフ活動 | Leave a comment

空っぽの墓 ~ 希望のしるし

ブラッドリー ロザイロ、OMI ー 神様がイエス・キリストを死から復活させられた後、その墓は本当に空っぽだったのでしょうか。そうではありません。そこには、あなたの人生も私の人生も変えることができる希望が満ちていたのです。

Posted in 管区長:Bro. 八木 信彦, OMI | Leave a comment

2023年四旬節教皇メッセージ

四旬節の禁欲と、シノドスの歩み 親愛なる兄弟姉妹の皆さん マタイ、マルコ、ルカの福音書は、いずれもイエスの変容のエピソードを描いています。そこでは、弟子たちがご自分を理解できなかったことへのイエスの反応を見ることができます。その少し前、イエスが神の子キリストであると信仰告白した後にその受難と十字架の予告を否定したペトロと師との間には、激しい衝突がありました。イエスは彼をきつく叱責しました。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている」(マタイ16・23)。それに続いて、「六日の後、イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた」(マタイ17・1)のです。

Posted in 日本カトリックニュース | Leave a comment

「手放す」 – 簡単ではないが必要

ブラッドリー ロザイロ、OMI ー 私は2008 年に「サバティカル巡礼」として知られる スピリチュアル・リニューアル(霊性刷新)プログラムに参加しました。それは、主に人生の内面に焦点を当てて、子供の時から大人になるまでのさまざまな段階を評価し、自分がどのように成長したかを確認するのに役立つものでした。フィリピンで行われたこのプログラムの間、霊的指導者が同行してくれました。ある時指導者に、私が前向きな姿勢で進むためには、過去を「手放す」必要があると言われました。なぜなら、子供の頃からの未解決の問題や負の感情、欲求不満、恨みなどを抱えていたからです。私は指摘されるまで20年以上これらのことを持ち歩いていたことに気づきませんでした。

Posted in 管区長:Bro. 八木 信彦, OMI | Leave a comment