AI、信仰、そして未来 ― デジタル時代に、神があなたに望まれる人となるために ―

これは、以下のタイトルの元記事の翻訳です:AI, Faith, and the Future: Becoming the Person God Created You to Be in a Digital World

ノボトニー • ジェローム、OMI はじめに:もし今、大学生や若い社会人の皆さんとゆっくり話をする機会があるなら、ぜひ一緒に考えてみたいことがあります。その話は、コンピューターやロボットのことから始まるのではありません。もっと大切な、一つの問いから始まります。「あなたは、どのような人になりたいですか。」

これから皆さんは、進学や就職、友人との関係、そしていつの日か結婚や家庭についても、さまざまな決断をしていくことでしょう。同時に、人工知能(AI)が日常生活の一部となる世界を生きていくことになります。テクノロジーは、そうした多くの決断に影響を与えるでしょう。しかし、それによってあなたという人間が決められてはなりません。だから、この文章は本当はAIについて書かれたものではありません。これは、あなた自身についての話です。変化の激しい時代の中で、知恵を身につけ、豊かな人格を育み、信仰に根ざした人生を築いていくことについて考えるためのものです。

これから紹介する八つの問いは、単にテクノロジーについて考えるためではありません。AIの時代だからこそ、どのように人格を育て、神が望まれる人へと成長していくかを考えるための招待状です。

1. 自分で考える:私は今も、自分の頭で考えているだろうか?

先生からレポートを書く課題が出されたと想像してみてください。今ではAIを使えば、わずか数秒でアイデアを出し、構成を考え、さらには完成した文章まで作成することができます。一見すると、とても便利な方法に思えるかもしれません。しかし、学ぶことの目的は、単に課題を終わらせることではありません。本当の教育とは、「考える力」を育てることです。学校では、良い問いを立てること、問題を解決すること、自分の考えを分かりやすく伝えること、そして難しいことにも粘り強く取り組むことを学びます。こうした力は、自分で実際に使ってこそ育ちます。もし考えることをすべてAIに任せてしまえば、課題は完成するかもしれません。しかし、人間として成長する大切な機会を失ってしまうのです。

AIは優れた先生にもなり得ます。難しい内容を分かりやすく説明し、具体例を示し、理解を深める助けとなってくれるでしょう。大切なのは、AIを「導いてくれる助け」として用い、「自分の代わり」として用いないことです。 神は私たち一人ひとりに、考える力、想像する力、そして創造する力を与えてくださいました。その賜物は、使えば使うほど豊かに育っていきます。困難に向き合うたびに、それは知恵を深める機会となるのです。

2.真理を見分ける:私は本当に「真理」を見分けているだろうか?

AIは驚くほど速く答えを返してくれます。しかし、速さが正確さを保証するわけではありません。AIは時として誤った情報を示したり、質問の意味を取り違えたり、一見もっともらしく聞こえても、実際には正確ではない内容を伝えたりすることがあります。だからこそ、これからの時代に最も大切な力の一つが**「識別する力(ディスカーンメント)」**です。識別するとは、よく考えて問いを立て、信頼できる情報源を確かめ、「画面に表示されたから」という理由だけで情報を受け入れない姿勢のことです。

イエスはこう言われました。「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にする。」(ヨハネによる福音書 8章32節)キリスト者にとって真理とは、単に事実を集めることではありません。それは、生き方そのものです。真理を愛するとは、正直であること、自分の間違いを認める謙虚さを持つこと、そして生涯にわたって学び続けようとする姿勢を持つことです。AIは私たちが情報を集める助けとなります。しかし、本当の知恵は、祈り、学び、経験、そして信頼できる人々との対話を通して育まれていきます。

3. 人とのつながりを大切にする:私がなりたい人へと導いてくれるのは、誰だろうか?

これまでの人生を振り返ってみてください。あなたの成長に大きな影響を与えてくれた人がいるはずです。両親や祖父母、先生、指導者、司祭、あるいは親しい友人かもしれません。そうした人たちは、知識を教えてくれただけではありません。その生き方そのものによって、あなたに大切なことを伝えてくれました。テクノロジーは私たちを多くの情報と結び付けてくれます。しかし、人と人との本当のつながりを生み出すことはできません。コンピューターは、失敗して落ち込んでいるあなたを励ますことも、成功を共に喜ぶことも、あなたを赦すことも、無条件に愛することもできません。それは、人だけが与えることのできる贈り物です。AIが私たちの生活にますます深く入り込む時代だからこそ、家族や友人と過ごす時間を何よりも大切にしてください。

聖パウロはこう語っています。「悪い交わりは、良い習慣を損なう。」(コリントの信徒への第一の手紙 15章33節)その反対もまた真実です。良い友は、私たちを神が望まれる人へと成長させてくれます。AIはあなたの質問に答えることはできます。しかし、あなたの心を育てることはできません。それができるのは、人との愛に満ちた関わりと、神の恵みだけです。

4. 賢く選ぶ:私はテクノロジーを使っているのか、それともテクノロジーに支配されているのだろうか?

「一通だけ返信しよう。」そう思ってスマートフォンを手に取ったのに、気がつけば三十分も過ぎていた――そんな経験はありませんか。きっと、多くの人に心当たりがあるでしょう。今日のテクノロジーは、私たちの注意を引きつけるよう巧みに設計されています。そしてAIは、これからますます一人ひとりに合わせた情報やサービスを提供するようになるでしょう。テクノロジーを楽しむこと自体は悪いことではありません。AIは学習を助け、仕事を整理し、問題をより効率よく解決する手助けをしてくれます。しかし問題は、私たちが自分で選択することをやめ、目の前に現れるものにただ反応するだけになってしまうことです。そうなると、私たちはテクノロジーを使っているつもりでも、いつの間にかテクノロジーに使われるようになってしまいます。

聖書は、自制心こそ成熟した人間のしるしであると教えています。本当の自由とは、自分のしたいことを何でもすることではありません。たとえ誘惑や気晴らしがあっても、善いことを選び続ける力を持つことです。例えば、家族との食事中はスマートフォンをしまうこと、友人と話すときには相手にしっかり向き合うこと、毎日祈りの時間を持つこと、SNSを見る前に自分のすべきことを終わらせること。このような小さな選択の積み重ねが、大きな違いを生み出します。聖パウロはこう語っています。「私は何ものにも支配されません。」(コリントの信徒への第一の手紙 6章12節)AIは、あなたに仕える道具であるべきです。決して、あなたの主人になってはなりません。

5. 人格を育てる:私の人格を形づくっているものは何だろうか?

人格は、一度の大きな出来事によって形づくられるものではありません。毎日の小さな選択が、少しずつ私たちを形づくっていきます。人への接し方、毎日目にするもの、付き合う友人、そして身につける習慣。そのすべてが、「どのような人間になるか」を決めていくのです。AIはこれからますます、私たちが好みそうな本や動画、音楽、考え方を勧めてくれるでしょう。それは役に立つこともあります。しかし一方で、自分と似た考えや好みだけに囲まれ、視野が狭くなってしまう危険もあります。

だからこそ、私たちは時々、自分自身に問いかける必要があります。「私は今日の選択によって、キリストに似た者へと成長しているだろうか。」聖パウロは、聖霊の実として次のような徳を挙げています。「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」(ガラテヤの信徒への手紙 5章22〜23節)これらはテクノロジーが生み出すものではありません。神と共に歩み、人との関わりの中で日々実践するときに育っていくものです。あなたの毎日の習慣は、あなたの人生の物語を書き続けています。どうか、その物語が、神があなたに望まれる人へと導くものとなりますように。

6. 最善を尽くす:私は「最善を尽くす人」になろうとしているだろうか?

AIによって、多くのことが以前より簡単にできるようになりました。章の要約、数式の計算、文章の推敲、難しい内容の説明なども、ほんの数秒で行うことができます。これらは確かに便利な道具ですが、その一方で、「いちばん簡単な方法」で満足してしまい、自分の力を十分に発揮しようとしなくなる誘惑もあります。卓越(Excellence)とは、完璧であることではありません。神から与えられた賜物を精一杯生かし、自分にできる最善を尽くすことです。試験勉強でも、楽器の練習でも、スポーツでも、人への奉仕でも、本当の成長は、努力し、忍耐し、失敗から学ぶことによって生まれます。AIは私たちをより効率的にしてくれるでしょう。しかし、知恵を育てる鍛錬や、自信を育む努力まで代わってくれることはありません。それらは、自分自身で歩み続ける中でしか身につかないものです。

聖パウロはこう勧めています。「何をするにも、心から行いなさい。人に対してではなく、主に対してするように。」 (コロサイの信徒への手紙3章23節)AIを使うたびに、自分に問いかけてみてください。「これは私をより良い人へと成長させているだろうか。それとも、ただ楽をさせているだけだろうか。」その問いは、テクノロジーを賢く用いながら、人として成長し続ける助けとなるでしょう。

7. 明日のために備える:私はどのような未来に向かって歩んでいるだろうか?

未来がどのようになるのか、誰にも正確には分かりません。皆さんが社会へ出る頃には、AIは仕事や学び、コミュニケーションのあり方を今以上に大きく変えていることでしょう。ある仕事はなくなり、新しい職業が生まれ、私たちの想像を超える変化が起こるかもしれません。そのことを不安に感じる人もいるでしょう。しかし、一つ安心してよいことがあります。どの時代にも、人類は変化を経験してきました。そして、どれほど社会が変わっても、本当に大切なものは変わりません。家族も、職場も、学校も、地域社会も、誠実な人、思いやりのある人、信頼できる人、そして学び続ける人を必要としています。未来への備えとは、新しい技術を身につけることだけではありません。どのような時代にも柔軟に適応し、学び続け、神からいただいた賜物を人々のために生かすことのできる人になることです。

聖パウロはこう語ります。「この世に倣ってはなりません。心を新たにして、自分を変えていただきなさい。」(ローマの信徒への手紙 12章2節)知恵と人格、そして信仰を育み続けるなら、あなたはAI時代だけでなく、その先に待っているあらゆる可能性にも備えることができるでしょう。

8. キリストという土台の上に人生を築く:私の人生にとって、最も大切な土台とは何だろうか?

ここまで読んでくださった皆さんは、もうお気づきかもしれません。この文章は、本当はAIについて書かれたものではありません。AIは、私たちにもっと大切な問いを投げかけるきっかけにすぎないのです。「私は、どのような人になろうとしているのだろうか。」テクノロジーはこれからも進歩し続けます。今日の最新技術も、やがて新しいものへと置き換えられるでしょう。しかし、人間の心が求めるものは決して変わりません。私たちは皆、真理を求め、愛されたいと願い、赦しを必要とし、人生の意味と希望を求めています。これらを与えることができるコンピューターは存在しません。そのすべてを満たしてくださるのは、キリストだけです。

キリストとの出会いは、私たちの人生全体を変えてくださいます。人を愛すること、赦すこと、失望を乗り越えること、与えられた才能を責任をもって用いること、そして希望をもって生きることを教えてくださいます。AIは答えを示してくれるかもしれません。しかし、人生の意味を与えてくださるのはキリストです。イエスは山上の説教の最後で、岩の上に家を建てた賢い人のたとえを話されました。嵐が来ても、その家は倒れませんでした。なぜなら、その土台が岩の上に築かれていたからです。(マタイによる福音書7章24〜25節)私たちの人生にも、困難は訪れます。新しい技術が現れ、社会は変わり続けるでしょう。けれども、人生の土台がキリストであるなら、どのような変化の中でも揺らぐことはありません。変わることのないお方の上に人生を築いているからです。

結びに

これから皆さんは、人生の新しい一歩を踏み出していきます。その歩みの中で、人工知能(AI)は、学び方、働き方、人との関わり方、そして問題の解決の仕方に、これまでの時代では想像もできなかったような変化をもたらすでしょう。だからこそ、新しいテクノロジーについて学んでください。そして、それを賢く用いてください。神から与えられた賜物をさらに伸ばし、人々により良く仕えるための道具として活用してください。

しかし、決して忘れてはならないことがあります。人生で最も大切な決断は、「どのようなテクノロジーを使うか」ではなく、「どのような人になるか」を選ぶことです。あなたが日々下す一つひとつの決断、大切に育む友情、困難に向き合う姿勢、そして人に示す小さな親切、そのすべてが、あなたという人を形づくっていきます。やがて今日のAIも、新しい技術へと置き換えられる日が来るでしょう。しかし、人々があなたを思い出すとき、記憶に残るのは、どのような道具を使っていたかではありません。どのように生きたか、どのように人を愛したか、そしてどのような信仰を生きたか――そのことこそ、人々の心に残り続けるのです。

私が皆さんに願うことは、ただ一つです。学びを続ける中でも、社会へ歩み出すときも、そして神が備えてくださったそれぞれの召命を歩む中でも、知恵を求めることをやめないでください。真理を愛し続けてください。人に仕える喜びを忘れないでください。そして、何よりもキリストとの歩みを大切にしてください。キリストが人生の中心におられるなら、皆さんはAIの時代に訪れるさまざまな可能性や課題に立ち向かうだけでなく、神が備えてくださるどのような道も、希望をもって歩んでいくことができるでしょう。

最後に、この聖書の言葉を、皆さんへの祈りとして贈ります

「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず、 あなたの歩む道のすべてで主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」(箴言 3章5〜6節)

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